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日本モデルが海外で活動する流れ ~ 第一章2

Sunday, May 1, 2016

 挑戦の成功は、コレクションに出演する事!

 

 

『帰国が変更になるのは、いつわかるの?』
「あぁぁぁあああ、不吉だ!不吉な予言をするやつがいるな!」
『スーパーモデルになったら、いつ帰国するの?』
「とりあえず4週間、日本→パリ→ミラノ→パリ→日本の予定。最初のパリで事務所が決まらなければパリはカットで三週間だな、ミラノだけ事務所が決まらなければそのまま予定変更はなし、パリもミラノも事務所が決まらなければ……合掌!」
『チーン♪じゃぁ早く戻って来なくていいよ……で、どうやって連絡するの?』
「わかんない、国際電話の方法はボブ君に教えてもらうよ」
『ねぇ、準備不足じゃないの?何かあったらどうするわけ?』
「おぃおぃ、俺様ですよ?大丈夫!全てがうまくいくでしょう~♪」
『失敗しろ~失敗しろ~!成功してほしいけど、本当に痛い目にもあってほしいわ……』
 出国日も日常とは大差ないやりとり。

 ちなみに当時はスマホもインターネットも普及していない時代。

 

 今回の海外挑戦は重要ポイントが2段階。


 先ず、現地のモデル事務所に所属する事。日本ではモデルでも、現地の国でモデルとして認めてもらう立場に成る事が必要になるわけで、パリやミラノはハードル高いね。


 次に、現地のオーディションを受けて仕事を勝ち獲って初めて仕事となる事。モデルとして正規の形は、事務所に所属するのが前提条件なの。

 


 今回の挑戦は部分的にボブ君と同行する予定。自分はまだ現地に所属する事務所を持っていないので、宿泊先は未定で、航空券の移動日時だけを仮決定している状態。途中段階の成否によって滞在期間に変更が起こり、最悪の場合はリスクを抱えるのに加えて、今回の挑戦は門前払いの終了で記念旅行になりさがる。
 これは絶対に回避しなきゃダメね!

 


・日本のモデルが海外で活動する流れはいくつかある

 

 ブランド側が使いたいモデルをダイレクトに現地へ仕事として呼び寄せる形、これが一般的なイメージだろうけど、かなり稀である理想的な形で、すでに世界的なレベルに達しているモデルだけに近いかな。当時のメンズは、アルマーニが日本人モデルを何名もブッキングしていて、日本人モデルがミラノに進出する事に大きなヘルプとなってた。同時期にプラダも2人ダイレクトブッキングし、当時はモデルだけど現在は役者として映画出演の多い人だったりする。2016年現在は男女共に世界的レベルの日本人モデルが存在してるから、個人的にはもっと一般的に知られて欲しく想ってる。

 

 次に、現地のモデル事務所が目を付けたモデルをシーズン期間に呼び寄せて滞在させる形、これは普段のモデル活動と大差ないけど、事務所が仕事を獲得するために動いてるから対応やプッシュに大差があり好条件。当時はアジアンモデルがこの形で呼ばれる事は少なかったけど、現在は少しずつ増えているみたい。ただ、残念だけど現在のアジア勢は中国と韓国に比べると日本人モデルは少々で弱いかも。明確な理由はわからないとしておくけれど、モデルの立場から個人的な愚痴を発するならば、日本人モデルが世界のモデルと戦うには様々な面で日本環境が不遇と言える。ただ、プロとして広告のマーケティングを考慮すると当然の事なので理解しなければならない事かも。ちなみに、ヨージヤマモト、イッセイミヤケなどは現地でよく日本人モデルを起用していて、日本から現地までモデルを連れていく事もある。


 そして今回の自分と同じ、日本で普段のモデル活動と同じ形をそのまま現地を舞台とする方法。一般のイメージとは違って、ほとんどのモデルがこの形。渡航費に滞在費など全ての費用を自分で払うわけ。シーズン期間は世界中から多くのモデルが現地に集まるのだけど、想像をはるかに超える人数かもね。世界中のファッション関係者もシーズンに合わせて現地に移動するから、その場所にとっても特別な期間。
 各ブランドで形式は様々となるけど、商品を発表する重要な広報だから、モデルにとっても大きなチャンスであり、この重要な発表に起用されたモデルをコレクションモデルと呼んだりもする。

 

 

 ★ 第一章 3

 

 

 ★ 第一章 1

 

 

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